2018年7月15日(日) 08:09 Uncategorizedコメント(0)

街歩き+地域をもっと知りたい。古河市編①

遊郭、赤線が好きで各地を散策してみてもっと、地域について表面的ではなく
その土地と性産業とはどのような関りがあったのか知りたい、
本にも書いてないようなその土地に住む人たちのリアルな声や出来事をもっと知りたい感じたいと思い、
散策だけではなく直接お話を伺ってみようと思いました。
場所は生まれ育った土地と近いことや馴染みのある土地である
古河市について調べてみました。

まず、古河市の図書館に行き市史と古地図を探しました。
市史を読んでわかった古河遊郭の成り立ちについてざっくりですが、まとめました。

1763 野良遊女(飯盛女)を抱えてはいけないよ。
1787 古河で飯盛女許可。営業停止繰り返す。
1873 中田で貸座敷開業許可。(当時千葉県の所轄。翌年に茨城県の所軸)
1873 12月に古河町で貸座敷営業地として指定。横山町に限る

また、古河は花街だったため花街の歴史と生活について芸妓、娼妓についてそれぞれの解説がされていました。
中でも面白いなと思った文が、花街界隈についての解説で
駄菓子屋のお客さんは子供たちはもちろん、地域柄大人の芸妓や料理屋の女中さんも多くいて
ラムネや氷水(恐らくかき氷?)など割と値の張るものを注文していたため子供たちよりも店の上客であったと記されていました。
人間味のある話を想像すると仕事以外の時間の過ごし方など地域に立体感がでてもっと知りたいなと思いました。
地図は昭和頃の一番古い地図をお願いしたところ、
司書さん曰く恐らく昭和40年頃?の地図を見せていただきました。
当時の屋号や歓楽街の場所がわかるかな?と期待していたのですが、
土地宝典だったため町の作りや地図記号でお寺の場所がわかる程度のものでした。

初めて知ったのですが、地図の上が必ず北だと思っていたのですがそうとも限らないのですね。
お勉強になりました。

更新日時:2018年7月15日(日) 08:09 コメントする

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